黒い服を着て並んで座る人達。 「私お葬式出たことない」 テレビを見つめたまま主は呟いた。答えるべきか迷う間に、ドラマの場面は殺人現場へ移り変わる。主と目が合う。主の独り言と問いかけの区別は難し過ぎる。 「……良い事では」 「でも、マナーとか何にも知らないと、いざというときに困りそうで」 「主なら大丈夫ですよ、きっと」 「どういう意味なの」 そのままの意味ですよ、と答えたのが気に食わなかったのか主は眉をひそめた。 周りの人の挙動を見て適当に合わせる主の姿は簡単に想像出来る。何も知らないのに何食わぬ顔をして焼香する姿。如何にも、主がしれっとしていそうなことだ。 しかし、意外な程に喪服姿は思い浮かべることが出来ない。似合わない。普段白と赤の巫女服を着ているからかもしれない。 「もし私が死んだら、皆マナーのお勉強出来るね」 独り言。主はお手洗い、と言い残して行ってしまった。都合が悪いことは全部独り言だ。テレビを消す。途中で席を立ったなら、もう続きを見る気はないのだろう。 昼、主が言ったこと。いつもの気まぐれだと流そうとしたが、やはり俺の何処かに引っ掛かっていたらしく、じっとりと背中に汗をかくような、気分の悪い夢を見てしまった。こんな夜に限ってどうして一緒にいないんだ。気が急いて床を鳴らしてしまう。離れへ繋がる渡り廊下は冷たい。 静かに障子を開く。中は月明かりが差し込み、思いの外仄明るかった。座卓と布団の輪郭が見えた。布団に人の膨らみがある。 「主」 膝をついて覗き込む。 「主、」 主は当然眠っていた。俺と眠るときは俺の方を向いて、俺に身を寄せているのに、独りのときは真上を向いているらしかった。浴衣の襟はきちんと右前になっている。腹の上で組んでいる手を握ると、これも嫌な冷たさ。それでも安堵した。手が冷たくとも、頬に血色が無くとも、首筋に手を添えれば鼓動を感じる。呼吸に合わせて胸が上下している。 「主、」 手を握ったまま、肩をゆする。 「起きてください」 有声音で呼びかけて、やっと瞼が上がる。主は何度か瞬いて、少し間を置き、寝起きの少し掠れた声で「はせべ」と呼んだ。身を起こし、手を握り返し、俺の背中に手を添える。俺はされるがまま抱き寄せられる。今はどうしても主の瞳が見たくて、華奢な肩をやんわりと押し返す。 「どうしたの?」 「……嫌な夢を見たんです」 「長谷部は時々我儘だなぁ」 非難するような言葉と裏腹に、主に怒った様子はなかった。声と手は優しく、ただ睫毛がほんの少し伏せられているだけ。 「一緒に寝る?」 「……はい」 主が空けた左側で横になる。布団の中と主の背中は暖かく、自分の手も冷えていたことに気が付いた。主はいつものように俺に身を寄せ、目を瞑った。 「ね、どんな夢だったの」 「葬式に出る夢でした」 席は沢山あるのに、自分の他に人はいない。俺は最後列に独りで座っていた。御棺を覗き込むと主が横たわっている。寝ているようにも見えた。白い仏衣が変に似合っていた。 「どうしても葬儀のしきたりが知りたいのなら俺を折ってくださいね」 「ばか、長谷部が死んだら後追いするよ」 主は笑う。笑ってくれるだけ良いと思う。俺を折る気が無いうちは、自分で死ぬ勇気も持てないだろうから。