朝から昼に変わる頃、柔らかな陽射しがななめに降り注ぐようなとき。光に透ける銀髪や、立てかけた大きな得物に、奇異の目を向けるものもいない。 終点についたのだ。停車ベルが耳を突き、ダンテは重たい瞼を上げた。 「やっとついたのか」 あくびをしながら、誰もいない車内を見る。駅での待ち合わせなど、会えやしないと思っていたが。その考えは改めることになりそうだった。 『帰省に同行してほしい』。 モリソンが持ち込んできたのは、そういう依頼だった。 「ただ、ワケありだそうだ」 「おいおい、待てよ。それって相続だとか、その手のじゃないよな?俺はそういうのはごめんだな」 以前受けた依頼のことが思い出される。パティの件だ。 「ま、それもあるだろうが」 モリソンはどうも含みのある言い方をした。パティのときも、ただの『家庭の問題』に悪魔が絡んでややこしいことになっていた。ダンテは少し眉をひそめた。 「どういう意味だ」 「深い意味はない。報酬ははずむというし、依頼人の財布で小旅行だ。悪い話じゃない。だろ?」 そう言いながら、モリソンは机の上に無造作に紙を撒いた。 ダンテは一瞥する。それは新聞記事だった。どれも最近の日付のもので、誌面には『連続殺人』『バラバラ死体』など、物騒な単語ばかりが躍っている。そして全て、特定の街で起きたことのようだった。 「これが住所だ」 今度はダンテから手を伸ばし、メモを受け取った。新聞記事と見比べる。なるほど、同じ街だ。ただの旅行の付き添いなんかじゃなく、そういうことらしい。ダンテが言葉を発する前に、モリソンは背を向けて事務所のドアに手をかけた 「決まりだな」 可愛らしい女だった。彼女は、繊細なつくりの顔にぎこちない笑みを浮かべ、ダンテの様子を伺うようにそっと見上げる。 「アンタが依頼主の、か?」 「……はい」 女はこくりと頷く。はらりと髪のかかった頬は、健康的な薔薇色をしていた。 金髪で小柄だとは聞いていた。その通りではあったのだが、実際目の前に現れたこの女に、ダンテは少し驚いていた。想像していたより若かったからか。それとも、大人びていたからだろうか。 ビスクドールみたいな女。ダンテはそう思った。色々な人に大切にされ、後ろ暗い過去もなく、控えめに微笑むことで周囲を少し明るくする。 「ダンテ、さん。依頼受けていただいて嬉しく思います」 冬空のような淡いブルーの瞳は、陽光できらきらと輝いている。指で突けば割れてしまいそうなその目に、どこか親しみが込められているように感じて、ダンテはしばし見入った。どうしてそんな目をする?会ったばかりだというのに────「ダンテさん?」と、彼女が目を逸らし、所在なさげに横髪を指でいじり始めてやっと、ダンテは黙り込んでいたことを自覚した。 「そんなに硬くなるな。ダンテでいい」 「……あ、ありがとう」 ダンテ。小さな声で言い加えた彼女は、血生臭い世界とは無縁に見える。こんな依頼で関わることは違和感があった。いや、こんな女だからこそ、自分のような"子守り"が必要なのかもしれない。 「よろしくな、」 「趣味がいいな」 「ありがとう。オープンカーに乗ってみたくて!」 終点の街でが借りたのは、真っ赤なオープンカー。赤色なのは、意図的だろうか。 彼女の"実家"の住所からすると、この終点の駅を待ち合わせに指定されたのは、妙だと思っていた。彼女によると、目的地は交通の便が悪く、ここから車で行くのが最も楽だという。線路やバスも通っておらず、他に選択肢は無いようだった。 「それじゃあ、出発ね!」 ガソリンは満タン。ダンテの運転で、車は走り出した。 静かな街を抜けると、すぐに景色は変わり映えのしないものになった。道路と木。それだけだが、は風に金髪をなびかせては、陽の光を感じるかのように、目を閉じたり、開いたりしている。 ダンテはラジオを回した。音楽が、ロックが流れ出す。指がハンドルの上でリズムを刻む。 「わたし、こういう曲好き」 「本気か?意外だな。クラッシックとともに朝食を食べたりしないのか?」 「そう見える?」 横目で見ると、はダンテを見てはにかんだ。駅で挨拶したときと同じ、少し照れたような、控えめで甘ったるい笑顔だ。それを好ましく感じている自分が、意外だった。 "本業"の方の依頼で、こういう依頼人と出会うことは、あまりない。素直で、素朴で、善いヤツ。ひなたを生きる者。 だから尚更、なぜこんな依頼をしてきたのかが、気にかかった。 ごく自然に、ラジオの音量を少し下げる。 「どういうワケであの街に?最近、物騒だろ」 合わせて歌っていた声が止む。 「生家があのあたりなの」 「どうして今なんだ」 は答えに窮しているようだった。迷いがあるようだった。間が空いて、「用があって」と、小さな声で返される。 沈黙が流れた。は誤魔化すように地図を開き、別の話題を探しはじめた。彼女が、たった今何かを隠したのは、明らかだった。答えそのものよりも、素直に答えなかったという事実の方が、ダンテにとっては重要だった。それは、彼女の依頼がやはりただの付き添いなんかではないということを示していた。 「ねぇ、お腹すかない?もう少し行ったところに、お店があるみたい」 「寄って行くか」 さっきの話を振り払うように加速する。隣で一瞬小さな悲鳴が上がり、すぐに、窓の外に白い小さな手が伸ばされる。その手は何度も角度を変え、風や日差しを確かめていた。しばらくすれば、また鼻歌が聞こえてくるだろう。 「スピード出しすぎね。でも、楽しい。これっていけないこと?」 ダンテは、答える代わりに更にアクセルを踏んだ。